村上龍 読書

お前らが生きてるのはコインロッカーだ―『コインロッカー・ベイビーズ』

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あらすじ

コインロッカー・ベイビー。
コインロッカーに遺棄された新生児のことで、1973年に前後して日本国内で同時多発的に発生、社会問題となった。現在でも、たまにニュースとして取り上げられている。

生き延びたコインロッカー・ベイビーであるキクとハシは、施設・里親のもとで共に育つが、あるときハシが東京へ家出し、キクはハシを探す旅に出る。

1980年に出ているという驚き

装丁がかっこいいので、読み終わるまで、最近書かれたものだと思っていた。
内容的にも、そう考えていて違和感がなかったのだが、出版は1980年で、装丁が新装版なだけだった。

コインロッカー・ベイビーが社会問題になったのは1973年前後で、もっとホットな話題であるときに書かれて、当時衝撃を与えたことが想像できる。
語感から新しい言葉のような気がしていた、そんなに前からある言葉だと想像できなかった。

思い返すと、ただひとつ、変だな、と思うことはあって、妙に治安が悪く、エネルギーがあり余る場面が、不必要に?多く描かれていることだった。
例えば渋滞で並んでいる車がクラクション鳴らしまくって軽く暴動状態になっていたり、不審者多めだったり、悪絡みする人が多かったり、殺伐としていた。

社会的なSF要素としてあえてやっているかと思っていたが、それ自体意識的に書く必然性がなく、特に象徴するものも、意味があるわけでもない描写で、なぜそこで?という違和感は大きかった、これが時代の違いで、たぶん当時の常識で書いただけなのだ。

当時を生きてないので見当違いかもしれない。
が、少なくとも社会が変化し裕福と余裕が生まれ洗練されダイナミズムを決定的に失っていったのは歴史的事実だ。

ロッカーの外

作品を通じたテーマは、ロッカーの中からいかに出るかだ。
ロッカーの中で世界を知らず死んでいくのはコインロッカー・ベイビーだけでなく、普通に生きている人も同じことで、外に出るには声を上げるしかない。が多くの人はそれを放棄して、死んでいく。

さっき書いたとおり、1980年に出たわけだが、約30年後の今の日本にはさらに強烈なメッセージを刻む。

経済・文化停滞、希望のなさで、ロッカーはさらに狭く暗くなっているが、同時に死なない程度の温度でネットが使え、ロッカーだと認識できていない。
生まれたときからそうだったから、異常だと気付かないし、時代は変わらないと思っているから、書かれた時代が違っていても違いに気付かずスルーしてしまう。

『愛と幻想のファシズム』とのつながり

同じ村上龍『愛と幻想のファシズム』のあとがきにて、

(※『愛と幻想のファシズム』の主要人物である)冬二、ゼロ、フルーツという三人の人物は、『コインロッカー・ベイビーズ』の、キク、ハシ、アネモネの生まれ変わりである。

とある。三人の人物の関係性がまったく相似というわけではないが、肉体的精神的に安定した男、ナイーブで繊細で安定しない男、美しく男たちを支える強い女、というのは似ている。

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