芥川賞作家の書いたテニス講座の本がある…と言ったら不思議な気分になるかもしれない。
作家といってイメージするのは線の細さだ。
マラソンや水泳など健康管理やリフレッシュのために黙々としているイメージはできるが、あまり球技をゴリゴリやるイメージは湧かない。
村上龍『快楽のテニス講座』では、なんと村上龍がテニスの解説をしている。
もちろん最近のカンブリア宮殿な村上龍ではなくて、若い頃だ。
これが意外な面白さ、さすが作家だなと思われる点が多々あったので説明していく。
あらすじ
冒頭には技術解説書ではなく村上龍のテニス知識をまとめたもの、とありガチなものではないことに注意しないとけいない。
内容は週末プレイヤー向け講座+エッセイだ。
文章を一つ抜き出すと、「フラット・ドライブ、このショットこそ、高貴と下賤を区別するものなのだ。貴族のショットなのである…」とある。
プロではなく、一般向けの目指すべきテニスを説いている。
楽しむ週末プレイヤーに技術と同じくらい必要なのは目指すべき方向性だと思う。
一般的なプロのようにガシガシやったところで再現できるわけないし、リラックスはできないし楽しくない、タイトルについている「快楽」はテニスという競技を楽しむためにはどうすればいいか、ということなのだ。
意外と面白い3つの理由
スポーツ技術本は基本的に面白くない。
肩の角度とか体の動かし方の解説が面白いはずがない。
しかしこの本が意外と(重要)面白い理由を説明していく。
異様に高い描写能力があるから
元々雑誌『Hot-dog PRESS』で連載されていたもので、画像はあまりない(いち連載でそんなに画像が使えるわけがない)。
それで、サービスとかストロークとかを解説している。
普通の執筆者だと無謀だろう。
しかしさすがというべきか、異様に高い、目の前に映像が現れるような描写能力によって目の前にテニスの風景が現れてくる。
だから読んでいて退屈しない。
快楽という独特の視点で描かれているから
スポーツの楽しみは一般の個人がわざわざ語ることはあまりなく、聞いても「好きだから」という言葉が返ってくることが多い。
アマチュアほどそうだ。
本書では明確に「快楽」を追求するにはどうすればいいか、ということが書かれている。
快楽のために勝つ、とかボレーを決める、とかそういうわけで、明確なのだ。
技術書は勝つためにかかれているが、勝つことが目的でないアマチュアはどうすればいいのかわからない。
必要性から解説しているから
テニスでは「スプリット・ステップ」(相手が打った瞬間にステップする)という言葉があり、技術書では必要性がさらっと書いてあって実際の動きをじっくり解説するものだが、この本ではなぜ必要なのか、ということを2ページかけて書いている。
専門的な人間にとってはあたりまえすぎ〜なところもちゃんと必要性から解説している。
描写、視点、自明性を疑う…まさに作家の仕事!というところが意外と面白い理由だと思う。