私見

驚くようなことは存在しないと思い込んでいる

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生まれたときからインターネットがあり、携帯電話があった。
何が出てきても驚くことはなく、苦労せず簡単に受け入れることができた。
テレビが出始めた世代に聞くと、テレビを買ったときの驚きや、近所が集まってきたという話を聞く。
ああ全然違うんだなと思う。

村上龍のエッセイ『すぐそこにある希望』の33ページには、こういう文がある。
「たかをくくるというのは、ほとんどすべてのものは自分の想像の範囲内に収まっているはずだと無自覚に思い込むことだ。もう驚きはないのだと安定することだ。そういった態度は日本社会のあらゆる領域に蔓延している。もうはるか昔になるが、初めてビートルズやローリング・ストーンズを聞いたときは本当に驚いた」

…らしい。
私が聞いた白黒テレビの驚きと、村上のロック音楽の驚きはたぶん違う種類だが、関係がある気もする。
私がテクノロジーにも文化にも驚いたことがないのは、関連している?
あ、でもVRには驚いたことを思い出した…私の場合単に探してないだけだ。

村上の言っていることは今現実に驚くものが存在しないということではなくて、ないと思いこみ、実際に探そうとしていない態度で、よく言い表していると思う。

国交省の調査で、20代男の外出率は過去最低であることが明らかになっている。
若者向けだと思われる繁華街やショッピングモールに行くと、女のほうが多い気がするので腑に落ちるし、世にある店の多くは女性向けだ。
貧困という論点もあるが、女性はよく外出することをどう説明すればいいのだろうか。
そもそも男は、目的指向の傾向があるのだと思う。
女に比べてなんとなく行く、ということがあまりない。
モチベーションが必要になるが、インターネットで知った気になりスポイルされる。
インターネットの浸透が、驚きが存在しないということに拍車をかけている。
たぶん金があっても、上の世代の同じ年齢時より外出率が上がるということはない(暗澹たる日本経済…)。

20代男の哀しみ、ここに極まり。自分が思い込もうとしている事実をまず認識しよう、と思った。

引用

『すぐそこにある希望』は、村上龍のフリーテーマなエッセイ集『すべての男は消耗品である。』シリーズの、第9巻目。
ライブドア事件、北朝鮮ミサイル発射などがあった2005年6月〜2007年5月分を収録している。

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