村上龍 読書

『限りなく透明に近いブルー』が爆売れした3つの理由

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作家が芥川賞など大きな文学賞を取ると、人々の注目を集め、名前とともに本がたくさん売れる。

『限りなく透明に近いブルー』(以降「ブルー」)はほかの芥川賞作品と比べて桁違いに出版部数が多い。
直木賞・芥川賞受賞作 単行本売れ行き部数一覧 」によれば、
「ブルー」は単行本131.6万部だという(2018年11月現在)。(文庫本も合わせれば史上1位らしい)
ほかの受賞作品の売れ行きを見てみると、知らない作品ばかり、そのシビアな世界に驚く。発行部数が少ないのは後の世代に伝わることさえないのだ…。
受賞と、売れるかは全く別の話だ。

「ブルー」を読む前はなぜこんなに多い?と思っていたが読んでみて、たくさん売れたのは必然性がある、と思った。
理由を述べていこうと思う。何をいまさら、何週遅れだよ、というのは置いといて…。

たくさん売れた3つの理由

文学賞受賞によって内容のよさは偉い先生によって担保されているため、出版部数はどれも同じくらいでも違和感はない。
しかし現実には、出版部数には大きな違いが認められ、「ブルー」は今でも芥川賞受賞作品の中で最大部数である。
この違いはどこに生まれるのか?
小説を読むと、たくさん売れただけの理由はすぐ理解できた。
マスコミが作用しやすいセンセーショナルな題材、異様に醒めて客観的な描写、映画的イメージを喚起する文章、の3つである。
3つを詳しく説明していく。

マスコミが作用しやすいセンセーショナルな題材だった

主人公リュウはヒッピーなジゴロである。
知り合いの女を在日米軍兵士に紹介しパーティーを開催したりすることで金を得ている。
周辺では在日米軍からドラッグがヒッピーの若者たちへ流れ、独特のコミュニティを形成し堕落した生活を営んでいる。
そもそもこの設定だけでセンセーショナルだし、興味も湧く。
日本ではそんなに堕落したコミュニティは存在しなかったはずで、希少性のある情報でもある。
単なるルポルタージュでも価値があった。

マスコミは紹介しやすかっただろうと思う。
実際、芥川賞選考委員のコメントにはマスコミの過熱を心配しているものがいくつかある。

口コミだけであれだけ売れることはまずない。
本という商材の性質として、最初の1ページを手繰らせるのが困難で、ハードルを超えたことが爆売れした一つの理由としてあるだろう。
最初から最後まで内容がいかに素晴らしくても、手に取られなければないのと同じなのである。

主人公の醒めきった、徹底的な客観視が見事だったから

設定だけでなく、中身も当然それ以上に素晴らしい。
芥川賞受賞作品で当然中身は優れているのだが、何人かの選考委員は最高級のコメントを与えていて特に質の良い作品であることがわかる。

ほかと比べて見事なのはいわゆるテクニックではなく、徹底的に客観的視点から冷静に描写しているところだ。
題材の持つ騒々しさに比べて、主人公リュウを通した世界はレンズから見ているように異様に静かで醒めている。
その醒めた感じが最大の主張で、高度経済成長を終え国家的成熟を遂げた静けさ、失ったもの…と多くの国民がなんとなく感じていたものを他にはない表現方法で雄弁に伝えている。

まるで映画を見ているように、明確なイメージを喚起させる文章だから

本文で使われている言葉は平易で、直接的なイメージを喚起する…客観的な描写も手伝って、まるで目の前で映画を見ているように、明確なイメージが出来あがっていく。
この技術は後の村上作品を語るうえでも欠かせないもので、特に『5分後の世界』の半分を占める戦闘シーンは極致だと思う。
表現が平易であることは読者を選ばないということでもあり、多く売れた理由の一つと言えるだろう。

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