村上龍 読書

甘えた質問に、科学的に回答する理由

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人生相談は世の中にあふれていて、その多くは読者に優しくよりそう回答か、叱咤激励みたいなもののどちらかに分類される。
現実的に文面だけで個別のケースに対応することは不可能であり、質問者も具体的な回答がほしいわけではない。

村上龍『わたしは甘えているのでしょうか?』には、女性読者の質問に対する、村上龍の回答エッセイ集である。
この本の回答は質問者に全く優しくないし、叱咤激励なんて一つもないが、多くは個人の経済的な話に着地し、科学的に書かれているように見える。
多くの人生相談とはスタンスが異なる。

質問の多くは答えられないようなものばかりだ。
村上は寄せられる質問が、答えを求めていないことはわかっているはずだ。
なぜまともに答えているのか、考えてみる。

なぜ甘えた質問にまともに答えているのか?

村上龍は日本社会の様々な面に甘えや依存が存在することを指摘し、自立を主張してきた。
本文の質問には、世の中のせいにすることを同意してもらいたいような、甘えたものが多い。
しかし甘えるな、とは一切言わずわざわざそういう質問に答えている。

ほかのエッセイでは一切まともに答えていないこともあるが、本書ではまともに答えている!
なぜそういう質問に答えているのか?を4つの理由から述べる。

仕事だから

これこそ身もフタもない気がするが、正しいだろう。
いくら売れている作家といえども、いつでも書く題材が育っているわけではなく、稼がないといけない。

女性からの質問に答えるエッセイはほかにもあったが、たいていサッカーや歴史、経済になぞらえて書き、まともに答えることはないものもあった。
まともな回答になったのは釘を刺されたのかもしれない。

知識、表現力があるから

表現力は言わずもがなだが、特筆するのは一般人についての、経済の知識があるように見えることだ。
本人は明らかに一般人の経済力とはかけ離れているが、よく知っているように見えた。

諸社会問題を考えるうえで一般人の経済力を知ることはたぶん必要で、様々な社会問題を扱った小説での調査でよく知ることになったのかもしれない。
以前の回答は大雑把なサッカーや経済の話になりがちだったが、より具体的に一般人の問題を解決する方法を提示している。

まともに答えるようになったのは、答えられるようなった、答える気が出てきた、という側面があると思う。

質問のおかしさを示唆するため

質問は甘えているが、回答は甘えていない。

まともに回答することで、質問のおかしさ、甘えを読者に示唆するという面もあるかもしれない。
そう思うくらい、答えようがない質問に真摯に(身もフタもなく)回答している。異様な感じさえする…。

意見を変えさせるために必要なのは自分で気付かせることらしい。
他人から指摘されると、正しいことでもなかなか訂正できないような体験は誰でもあると思う。

おかしな質問に、全力で科学的に身もフタもなく答える。
この不思議なやりとりで、質問のおかしさ、甘えとはこういうものだと伝えているのかもしれない。

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