村上龍 読書

生き抜いていくには自信・誇りとなる何かが必要である―『共生虫』

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あらすじ

長い期間引きこもりだったウエハラは、ネットでインターバイオという集団から殺戮と種の絶滅を司る「共生虫」の存在を聞かされ、自分に寄生していると確信し、彼らと交流し、外の世界に飛び出す。

外へ出て世界に出ることになったウエハラを待つものとは…。

ネット文化の進化、洗練は自発性がない

インターネットが出てくるが、今のものとは接続手段も文化も異なる。
まだ海のものとも山のものとも知れないものだったときで、フロンティアが広がって想像力も働かせたような気がする。
地球上のあらゆる場所が衛星で見れ、鬱蒼としたジャングルや奥地に夢や想像力の働く余地がなくなったように、インターネットが出始めのときだ。
今は、検索エンジンの発展か、ユーザーの質が上がったのか、ずっと洗練されているように思う。閉鎖的なものはわからない。

初期のインターネットでは、誰が書いてるかわからないことに慣れてなくて、悪意をもった人間が一定数いるということに耐性がなかったに違いない。

インターネットは大きく変わり、人の関わり方も洗練されたわけだが、社会のダイナミズムというわけではない。技術の進歩に仕方なくついていっただけで、人の自発的な行動ではない。
社会は変わるということは理解しているが、自発性はない―、若者に元気がない、というのにはそういうのを目撃してきたこともあるような気がする。

社会へ関わる動機を見つける

ウエハラは引きこもりであるので、独白やインターネットでの会話がほとんどを占める。
引きこもりから脱するには絶望的な状況だが、選ばれた人間のみが体内に宿す共生虫という信じられるものを見つけ、社会との接点・動機、やりたいことを見つけていく。

他人とのコミュニケーションではなく、一つの信じられるものが生み出す動機や自信によって、引きこもりを克服し、外の世界へ出ている。

普通に暮らしている人間は、コミュニケーションが手段ではなく、目的になっている。
社会に関わっているように思っているが、主体や動機、目的があって関わっているわけではない。
引きこもりを自分とは関係のないものと笑ってはいられない。

自信、誇りを支えるには何かが必要で…社会や企業が与えてくれるのではなく、自分で見つけないといけない。
そしてそれを見つけていかないことには、社会を生き抜いていくのは難しい。

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