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少子化対策アニメは時代のベンチマーク―『ダーリン・イン・ザ・フランキス』

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Netflixにて『ダーリン・イン・ザ・フランキス』を見た。

あらすじ

地球上に叫竜という怪物が跋扈し、人類は絶滅の危機にあった。

人類の平和を守るためにロボット兵器フランクスで戦う。

フランクスに乗り込むのはコドモ。

コドモがオトナを守る奇妙な世界が当然となっている世界を描く。

少子化対策アニメ

Netflix公式の情報によると、Netflixでは多くの人がサジェストされた動画とサムネイルを頼りに視聴しているらしい。
確かにそうだった、サムネイルと動画説明を見て楽しそうだと思った。

人をまず外見で判断するように、映像作品で絵がいいかは重要だ。
結論からいうと、だいたい外見だけだったと言えるが、絵はよかった。
たいていの女の子が特徴的で、かわいかったし(とくにゼロツー)、戦闘もヌルヌル動いていた。

が、世の中のアミューズメントの大半は女とカップルのために作られている大原則を忘れてはならない。
独り者には見るに堪えない、という場面が多かった。
どういうことかというと、4〜5組の男女が入り乱れてイチャコラ、ニャンニャンする。

つまり、誰かに感情移入し追体験するという非モテお慰みの方法を使うことを許さないのだ。
それは悪いことではなく、むしろ切実さ、危機感となって大きな力となる。

綺麗な2次元の絵、露骨なサービスシーン(最初のゼロツーはよかったですね)、でまず誘い込み、その後でニャンニャンの針のむしろに座らせ、愛とは、結婚とは、子どもとは何たるかを語る。要約すればそういう作品だ。

よってこの作品の最大の力は、非モテにこそ発揮される、非モテで子作りしない奴こそがこの作品のターゲット層だ。
逆に言えば、それ以外の層に力はない。
どの主張も通り一遍で時代錯誤で画一的なものだ。

ということで、このアニメ作品を少子化対策アニメとしよう。
まさに時代を象徴するものとして、後世に語り継がれることになるだろう。良い悪いは、別として。

20話あたりから斜め右に落ちる

ということだが、20話からはまた話の雰囲気が変わり、シリアスさが増す。
ロボットアニメのよさはその悲惨さ、暗鬱さだ。

要は少年兵なので、楽しいものになるはずがない。

そう、それまでのイチャコラした浮ついた明るい雰囲気からの落差から、これはとんでもないことになるぞ…期待して最後まで見たのだが、真下ではなく斜め右に落ちた。
まあ、うん、そうっすか…。

話がでかくなりすぎたんだと思う。

少子化、欲望の退化、個人主義、…として一応あった社会的テーマが一瞬にして、消えた。
大宇宙と長大な時間、生命の神秘の前には、ゴミみたいなものだ。

人間が作った種々の社会制度は素晴らしい!大切にしよう!みたいなこと聞かされている途中に、そういうことを言われるとなあ。
テーマが社会的だと宇宙とかは出しちゃいけない、努めて科学的にしないといけないと思う、人間の作り出した言葉や科学で説明しないといけない。

テーマ―愛、若者と老人、希望

オトナたちが死に絶え、コドモだけになった地球で生き抜いていくシーンは印象的だったが、今の日本では望むべくもない光景の、希望ある風景だ。

逆に言えばオトナを死滅させなければ獲得できないということでもある。
私たちにどういうメッセージを伝え、どうしろというのだろうか?

たぶんテロで大人や老人を殺し、権利を獲得せよということなんだろう。

まあそれは言い過ぎにしても、若者頑張れ的な、他人事として捉えていることを感じる、具体的にオトナに対抗したわけでなく、結果的に勝ち取っただけだからだ。
現実には資源配分の問題なので対立は避けられないが、そこまては描けなかったのは切迫してないからだ。
世代間の対立ではなく地球VS宇宙としたのも対立を隠している。

この作品を作ったのは、多分オジサンと老人だ。
結婚や欲望の退化、個人主義、…主張も、古臭く感じるのはそのためだ。

彼らは現象の一面しか見ずに自分が見てきた過去から理想の社会を描こうとした。
だからこんな頓珍漢なものができるわけだ。

社会をこれから生き抜く上で力になるとは思えない、最初からアニメなんかに期待するのはお互いの暗黙の了解かもしれないが…。

情報に対して敏感になること、常に疑いを持つということは学べる。
オトナへの絶対の信頼は作品内のものだけでは当然ない。現在進行形で騙されている。
オトナはうまくもっともな理由で騙してくる、それを作品内の出来事ではなく現実の出来事として応用することだ。

辛辣になりがちなのは、たぶん絵とか制作会社で期待していたからだ、…まだ、いい。

綺麗で無垢

村上龍作品に取り組んでいる。全部読んでみるつもりだ。
『ダーリン・イン・ザ・フランキス』は小説『超電導ナイトクラブ』読書の合間に視聴している、全くダーティーさ、シリアスさ、ゲスさ、情報の密度、科学性が異なり混乱したが、面白い体験でもあった。

片や愛人、SM、アナルファック、臓器売買、記憶改ざん、洗脳、人間製造、強制射精…片やかわいらしく2次元の魅力たっぷりの女の子とサービスシーンと、ポップな見た目のロボットであからさまな伏線と何かの象徴と矛盾を撒き散らしながらも伏線回収は遅れに遅れ、SFな社会的説明で回収してナルホドと思ったら最後にはそれをすべてぶっ壊す…というもので全く違う。
全く関係ない作品なので当たり前だが。

とはいえ、正反対というわけでもない、濃度と屈折度の差はあれ社会へ何かを主張しているのは同じだ。
たいていの作品がそうかもしれない。

だからといって何だというわけではない、ただ全く別次元の作品でもある一部では同じということに驚いた、この2つが比較はおろか同じ台に上がることすら、過去にはもちろん未来にも絶対になさそうだ。
人類初の試みをしてしまったようだ。

全く毛色の違うものを同時に見るのも新しい発見があって面白いかも。

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