あらすじ
村上龍が監督した映画(原作も同じ)『KYOKO』の、撮影秘話や感想、シナリオ、撮影日誌など…をまとめたもの。
映画の評価については気にしているよう
村上龍の映画作品をまだ見たことがない(どれも希少で高いので…)が、どれも世間の評価的には今ひとつで、かといって一部の熱狂的ファンがいるかといえば、そうでもない、単に世間の耳目を集めていないような感じがある。
どれもだいたいそういう無視の範疇に収まる気がする。要するに面白くないということだと思う。
彼のエッセイなどで映画の撮影の話は出てきても、客観的な映画の評価については触れられない。
本書ではそれについてどう考えているのか?をうかがい知ることができる貴重な記述がある。
仲のいい友達なんかにすら映画を撮るな、といわれることや、一つの道、職業を極めたものがほかの分野に挑戦することを世間、日本社会を認めてくれない…的なことだ。
言うまでもないが、的外れで、映画を勧めないのは小説に比べて面白くないからだ。
ほかのことには醒めていて、客観的な村上だが、映画のことになると全く冷静さを欠いているように見える。
どうしてなのだろうか。
自信満々
映画は見てないが、原作の『KYOKO』の感想から言えば、面白いもの、観る価値のあるものになるとは思わなかった。
が、この本で語られるところによると現場、スタッフ、映画の出来…自信満々で、批判性がなく、すごく危険なニオイがするのだ。
例えば小説の話だともっと冷静極まり、自信に満ち溢れることはない。
たぶん読者や市場の目線から名作といっても、作家にとっては多作の一つでしかなく、理想は常に高く満たされることがなく、それがモチベーションになっている…というようなことで、冷静な態度は自然だとなんとなく納得していた。
映画に対しては態度が全く異なる、奇妙だ。
意識的なのか、無意識なのかはわからないが、才能は本人の意志とは無関係である…ということを雄弁に物語っているような気がした。