私見

映画の見方が変わる、エキストラ体験

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棒読み

先日自主制作映画(意味はよくわからないのだが)のエキストラに友人に誘われ行ってきた。

まあ座って後ろ姿が一瞬映るだけなんだろ?と思ってたらセリフあり動作ありだった。しかも恐ろしいことに周りが経験者(プロもいる)で超うまい。
オレの棒読みが炸裂するのだった・・・だっていきなりその場で設定内容知らされて動きもセリフもあるって、もう脳がついていかないよ。
日常で演技はよくしているものの、こういう物語を演じるのは中学3年の文化祭以来。
自分でもびっくりするくらい棒読み棒立ち、間違える。
周りがうまいので不自然さが際立つんだよな・・・。

実際に苦戦して、隣で見てると役者の人の普段すごいとは思わないすごさをすごい感じた。同じエキストラ(酔っぱらい)なのだが経験者の人で、最初の一発目からもう自然だったもんな、アドリブのセリフも入れたりしてよくそんなにいろいろ出てくるなと。いきなりその場が別空間になるかんじだ。むしろそっちがその人の地なのかと思うくらいだった(でも普通のときは意外と無口だった)。

キャメラ

講師みたいな、一番えらそうな人がカメラを「キャメラ」といっていた。
これで、以前伊集院光が同じようなことを言っていたのを思い出した。
和田アキ子もキャメラと言っているらしいが、それを受けて周りの人間はどう呼ぶべきなのか・・・もし他のスタッフとかまでキャメラといったらマネしてんじゃねえと怒りそうだし、それともあえてかぶせるようになりながらもカメラと言っても怒られそうだな、みたいな話だった。

自分でよく言っていることばでも、他人が言うと違和感を感じる時って絶対あると思う。あるいはちょっとしたアイデンティティー的なかんじになっていたりもしそうだ。

その撮影のスタッフや主演の役者の人をよくよく観察していると、ほかの人たちも「キャメラ」といっていた。
となると、またいろんな想像が湧き上がってくる。
たぶん信念があって?「キャメラ」といっている本人は、使用方法について厳密なルールがあると思う。たとえば「デジタルカメラ」は「デジタルキャメラ」、「使い捨てカメラ」は「使い捨てキャメラ」、「カメ」は「カメ」のまま、とかね。
しかし急造した言葉を使う周囲の人間は「キャメラ」の使用方法について大いに悩むことであろう!「カメ」を「キャメ」というべきなのか、「ガメラ」は「ギャメラ」か?または講師が「キャメロン・ディアス」といったときにあれ・・・?今のは「カメロン・ディアス」といったのだろうか・・・?となる。
一番困りそうなのは、プライベートでカラオケに行ってミスチルの『everybody goes~秩序のない現代にドロップキック~』の歌詞に「カメラの前で悩ましげな〜♪」というところがあるが、どっちで歌うかということだろう。明らかにカメラで、用法としては明らかすぎる基本的なところだが、歌詞ではあきらかにカメラと表示されている・・・。待っているのは葛藤!葛藤!
映画って大変ですね。
このように実にあらゆるところに、ワナは隠れており、下手に用法が未熟なことが露呈してしまうと、バカにした感じになり、空気はサイアクになるだろう(おおげさ)!
偉い人は言葉にもっと気をつけるべきだと思います。
あとキャメラはダサいと思う。監督の女の子かわいかったなあ・・・。

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