村上龍 読書

コミュケーション不足は極限状態で残酷なほど明らかになる―『ピアッシング』

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あらすじ

川島昌之には、妻と幼い子供を持ち、仕事も順潮で幸福そうに見えたが、ある日少年期のトラウマと共に、アイスピックで我が子を突きたいという衝動に襲われる。

衝動からは逃れられないことを悟り、解消し家族を守るために風俗嬢を殺すという計画を立てる…。

少年期のトラウマがもたらす影響を描く、が…

雰囲気的には、ホラーでサスペンスな感じが『オーディション』に似た感じだが、今作は圧倒的に精神病理、特に少年期のトラウマがテーマとして描写されている。

男と女、どちらもふとした瞬間にフラッシュバックするトラウマに支配されている。

ややトラウマ主義的すぎるというか、支配されすぎているきらいがある。
現在の美しい妻、子供、何の不満もない家族は救いにならず、いつまでも過去に縛られる救いのなさは、何かを乗り越えようとするものではなく、逃げるために構築したものが崩れて追いついてくるようなもので、どこまでも後ろ向きだ。

テーマという面では、ちょっとビミョーな感じがする、作品。
むしろ、すれ違いまくる描写や、綿密な犯罪計画が面白い。

社会観察の極地

犯行計画は非常に具体的だ。
まず殺人をするにあって、家庭を自分の殺人衝動から救うため、という大目的がある。
よって自分が逮捕されるようなことがあってはならない。

その衝動を満足させるためには若い女をアイスピックで突き、血が流れる様子を見る必要がある。
よって肌の白い女である必要があり、目撃数を減らすために、コミュケーションを円滑に進める必要がある、よって殺す女は日本人でないといけない…という具合に、明確な優先順位に沿って次々と具体的なところが詰まっていく様子は見事を通り越して不気味。
そもそもの目的が殺人である点を忘れ、限りなく冷静であるように見える。

明確な目的、条件があって、それに沿って具体的な犯行計画が立っていく様子はまさに小説が組み立てられていくような感じかもしれない、想像力が凄い。

綿密な犯行計画を立てる過程では、異常に鋭い観察力や洞察力を感じる、普通の日常的な都市での風景が目に浮かんでくるようだ。
異常な目的を持った人間は別の視点から観察し、その亀裂を突こうとする。
日常の中に現れた亀裂、読んだ後では、世界が別の方向から見えるようだった。

当たり前にやっていること、あえて意識したことのないことを文章化されていて、文化人類学的に、観察されているような、妙な感じがする。
別の時代だったり、外国人からの視点で日常を見ているようだ。

村上龍作品ではこういう気づきをもたらしてくれることが非常に多い、違和感に対して強く共感を感じることもある。
それは村上龍本人が言っていた、自分が共同体の外部に位置していると自覚している、だから共同体内部のことがよく見える、ということかもしれない。

致命的すれ違いは普段の生活に潜む

主観を変え、すれ違い、コミュケーション不全、その結果起きる悲劇、…を描いた作品は非常に多い、それは実際の生活で不全が起きることは多いが、明確に疎通に失敗していると認識することがないからかもしれない。

今作では、主観が目まぐるしく入れ替わり、疎通に失敗し悲劇に至る様子をリアルタイムに描いている、ときにコミカルささえ感じるところもあった。
意志疎通に致命的に失敗するのは、男女の違いもあるし、背景となる状況が全く違うというのもある、両方とも余裕がない。

しかし表面的な音声として聞こえる会話は、うまく疎通しているように見える…。

普段日常的にしているコミュケーションも、このようにお互い別々のことを考えていて、コミュケーション力なんて安易な言葉で表現できない、わかりあえない、断絶、絶望しかないのではないか、と思う。

一番の問題は、それに無自覚なことだ、普段の生活でシリアスなことが存在しない・あるいは考えようとしないのでそれが顕現しないのだと思うが、緊急事態になったときに、どう崩壊してしまうのか…、そして、そうならないためには、ということに興味が湧いた。

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