私見

市役所で客と言う理由―心理学的に効率追求!?

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きっかけ

初めて街の市役所にいった。
今まで地元の、小さな役場、といったほうがいいような市役所しか知らなかったせいで、大変な混みように驚いた。
街路や店、市電での病的な静けさと比べて、かなり活気があるように感じた。

たくさん人がいるということで、その分効率化も図られていて、番号札を発行して並ぶ方式だった。
発行して、さてどこで待とうかなというときに、録音の音声が聞こえた、声はだいたい次のようだった。
「番号札792番をお持ちのお客様〜14番の受付にどうぞ〜」
そしてその直後、すぐに来なかったのか肉声で同じような内容を大声で繰り返していた。

何回かそれを聞くうちに、お客様、という言葉に引っかかりを感じ始めた。
あえてお客様が必要ないのに、録音も市役所員もお客様を絶対に入れていた。

何か決まりがあるのだろう、と思うのだがやはり何か引っかかるものがある。
コンビニとかスーパーとか、床屋とか、ガソリンスタンドとか、かき氷屋とかで、お客様というのはわかる、直接その場で金銭の授受があるからだ。
市役所では基本的にお金の授受はなく、役所が儲かるわけではない。

ググってみると同じように感じた人はけっこういるようだ。
無意識でやるには強調しすぎで多くの人が思うことだこれは、何か明確な理由があって、意識的にやっているのだろう、と思った。

病院などでは、老人の溜まり場化することがあるらしい。
ちょっとしたことで病院に来て、集まって話しばかりするわけだ。
病院では、お客様、と言わない気がする。
受付に名前を書くから、名前で呼ぶ。名前でなくても、お客様、は言わない。

医療サービスを提供し、対価をもらっているわけだから役所よりは客と言ってもよさそうだが、命は金儲けとは違う、と病院が商業主義化するのを危惧する医者もいる。

どちらも公共性の高いサービスだが、違うところは、暇つぶしのために来る老人から金を取れるか、だ。
あれだけ人が多いと、市役所も普通の店と同じく効率性、回転性が重要になる。
だらだらと違う目的で来る人間は当然、効率を著しく落とす。

公共性の高いサービスに、老人は勘違いし、群がる。

だから、距離を取る必要があるのだと思う。

客とサービス提供者の関係は、シビアだ。
例えばラーメン屋はどんぶり一杯のラーメンと水、トイレ、座る場所を提供し、客はそれらに金を払う。
お互いの目的は明確で、それ以上を求めることはない。

しかし、金のやりとりがないとその関係は不明確になり、サービス領域は限りなく拡がり、非効率をもたらす。
病院はとりあえず金にはなるから、まだ客と言ってないのだろうが、高齢化がさらに進み問題のほうが大きくなると客と呼ぶようになるだろう。
商業性の高い病院や人が殺到する病院だと、すでに客と言っているところもあるかもしれない。

役所で「客」という理由は、心理、関係性を定義することで効率を上げる、そういうところだと思う。

-私見

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