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『マルホランド・ドライブ』は人工的な夢の再現だと思う

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 圧倒される

Netflixにいつの間にか映画『マルホランド・ドライブ』が追加されていたので見た。
伊集院光が一番好きな映画ということで見てみたかったが、行動に移すことはなかった。そういうことって多いと思う。

監督はデヴィッド・リンチ。
彼の映画を見たことないし、そもそも映画が別に好きというわけでもなく、知識はほとんどない。
夜のラジオのコーナー「デヴィッドリンチ占い」などでなんとなく、わけわからん系な作風なんだろうなとは予測していたが、ここまで困惑させるとは思えなかった。

ストーリーが追えてない、見るのを止めよう、最初から見よう、と思ったが、ラストにかけてのめちゃくちゃさでだいたい意味や脈絡なんてないと思った。

だが全部意味がないわけではない、というのがノド小骨なビミョーな感じにさせる。
少なくとも、何か見落としているのではないか?と思うくらいには脈絡がある。
実際途中までは、最初の店で男が目撃していた伏線を回収したり、お金を持っていた意味がわかったり、なんとなくイベントの一部を理解した気になる。
ラストにかけては解釈できる気がしないのだが。

夢に似ている。
妙にリアリティがあったり、記憶の底に沈んでいた懐かしい人物が出てきたり、むちゃくちゃでも納得して疑問を持たないで済んでしまったり、突然場面が切り替わったり、現実ではまず考えられない謎すぎる物事の組み合わせだったり、あるいは何の意外性もないフツーの出来事の夢もあったり…ということは夢ですごくありがちなことだと思う。
夢は究極の個人的体験だが、なぜか帰納的に共通点を見出せる。

共通的はあるものの、そこから演繹するのは難しい。
共通点から夢(もちろん寝る時に見るやつね)のようなものを表現することは難しい。

この映画ではあるようでないストーリー、脈絡とカオスの絶妙な比率、あとから考えると全く理解できない納得感、リアリティと現実離れ、意味と無意味、…要するに背反してそうなものが同時に存在している。

だから夢っぽいと思う。
そこに価値があるのかもしれない、ほかの作品では感じたことがない、異様な体験だった。
意味不明で困惑し、焦り、気持ち悪くなり、不快感…と、せわしなく感じた。

何か刺激を与えたり、変化を促すものがいい作品だと思ってきた。
変化を与えない情報はただの光や音、印刷された文字だと。

これは何だろう?
そういう自分の中の「いい作品」分類をあざ笑ってきているような気がする。
これは何だろう、とじゅうぶん考えさせられてるし、圧倒されたから、いい作品に分類したが、いい作品orその他の枠には収まらない気がしている。

収まらないというのは、いい作品以上という意味ではなく、文字通り範疇に入らないということだ。
上も下もなくただ、分類が違う。

見てよかった。

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