村上龍 読書

『はじめての文学』セレクトには理由がある

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『はじめての文学』シリーズは若い読者層を対象にして日本の有名作家の作品を収録した本である。
字は大きく、ふりがなまで振ってある。

『はじめての文学 村上龍』に掲載されているのは…
『悲しき熱帯』…熱帯を舞台にした短編集
『村上龍料理小説集』…料理を題材にした短編集
『走れ!タカハシ』…元カープの高橋慶彦選手の活躍でそれぞれの人生が大きく転換する短編集
『村上龍映画小説集』…映画を題材にした短編
『空港にて』…海外に希望を見出す個人を題材にした短編集
『おじいさんは山へ金儲けに―時として、投資は希望を生む』…優しいタッチで投資の教訓を伝える小説
『希望の国のエクソダス』…中学生たちが蜂起し、日本から経済的に自立していく話。
から一編、一部。

すべて読んだ小説なのでもう一度読むことはしなかったのだが、選ばれている小説がどうも初心者向けとは思えない気がした。
最初に来る小説はかなり重要度が高いと思う。
なぜ村上龍は最初に「ハワイアン・ラプソディー」を持ってきたのだろうか?を考える。

なぜ「ハワイアン・ラプソディー」が最初に掲載されているのか?

「はじめての文学」は文学に初めて触れるような読者を対象にした本である。
最初に「ハワイアン・ラプソディー」(『悲しき熱帯』)という一見よくわからない短編を持ってきている。
はじめての読者は困惑するような気がする。村上龍の小説をほぼ網羅していてもよくわからなかったからな。

最初の文章で?となったら、もうずっと読まない。
そうしたリスクを持ちながら、なぜ最初の作品にこれを持ってきたのだろうか?

ということを
・文学への接し方を伝えるため
・文学の味わい方、「美しさ」を伝えるため
・文学のイメージを固定しないため
という視点から考えていく。

最終的結論としては、文学への認識を形づくるものとして、責任感を持って選ばれている、といえる。

文学への接し方、読み方を伝えるため

まえがきには、
「わたしは文学を教養として読んでこなかったし、趣味でもなかった。」
「わたしは、作家になる前、文学以外からは決して得ることのできないものを文学に求めていた。それは果てしない「精神の自由」だ」
「どのような汚辱に充ちた世界を描いても作者に充分な動機と才能があれば小説は際限なく美しく強くなり、読む者に生きる勇気を与えるのだと知った。」
とある。
冒頭からいきなりキレのある強い言葉だと思う。

自身の文学の接し方を伝えていて、それは『初めての文学』のまえがきとしてフィットするものだと思うが、一方で彼の作品の読み方を示しているような気もする。
つまり村上は文学以外からは決して得ることのできない「精神の自由」を作品に盛り込もうとし、美しく強く、生きる勇気を与える作品を作ろうとしているということで、教養として読むものではないと伝えている。
最も端的に表すものが『悲しき熱帯』のハワイアン・ラプソディーだったのではないか。
教養として読めるところはほぼ一切なく、描写された世界は美しい。

本の趣旨は初めて触れる文学をどう味わうか、であり優れた小説を掲載し紹介することではない。

意味・教訓だけでない、単純な美しさもあると伝えるため

社会に余裕がなくなると、その情報がすぐ役立つか役立たないかに評価軸が置かれるようになる。
しかしすぐ役立つものが、長期的に見ても役立つものかはわからない。
視野や価値観を柔軟にすることが、後の人生で大きく影響し、最悪死ぬか生きるかを分けるかもしれない。

単純に美しいだけでも、生きる勇気をくれる。
具体的な情報よりも、なにげない瞬間の風景が人の心を癒やして明日も頑張ろうという気分にさせることはよくある。

「ハワイアン・ラプソディー」を選んだのはそういう理由かもしれない。
ストーリーや意味、教訓はよくわからないが、描写される熱帯の風景は鮮やかで美しい。

これがたとえば言葉で実用を超えた文学に親しもう、と言っても仕方ない。
解釈や想像力を狭めるからだ。
さまざまな楽しみ方があるが美しさというのもいいかもしれない、と実際に読み理解してもらうことが趣旨なのだと思う。

文学のイメージを固定しないため

スーパーマンが題材という、かなり力の抜けた作品だ。
文学というと、高尚なもので権威的な印象があるが、そういうのをなくすためかもしれない。

舞台は熱帯でなんだか文学という感じはしないし、文学というと日本社会をイメージするがそういうわけでもなく、
別に教養や教訓があるわけでもない、というように従来の文学のイメージからは遠い。
いかにも文学(村上作品にはあまりないけど)、というものを避け「はじめての」読者にイメージを固定しないようにしたと考えられる。

特に海外を描いた作品は3つ収録されていて、日本社会を相対的に見るという点で重要なのかもしれない。

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