村上龍 読書

作家のサッカーの伝え方『フィジカル・インテンシティ』シリーズ

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あらすじ

サッカーフリークな作家、村上龍による、1997年周辺?の欧州・日本のサッカーについてのエッセイ集。
欧州サッカーの素晴らしさ美しさ・快楽性と対比してひどい日本サッカー界、そしてそれらは日本社会の特徴(個人がモノを考えないetc)でもある…。例外は、中田だけ。

何に連載されている?

リアルタイムに書かれていること的に、スポーツ雑誌か何かの連載だろうが、わからなかった。
どの本に掲載されていたのかで、文脈は微妙に変わってくるので知りたかったのだが。

サッカーから何かを読み取る

私はサッカーについてはプレイはもちろん観戦もせず、ワールドカップなど見る人の意味がよくわからないのだが、基本的に科学的に、わかりやすく書いてあったと思う。
サッカー通にしか伝わらない、サッカーのテクニカルな話ではなく、サッカーから得られる何か根源的なことや、現れる日本社会の特徴、みたいな話題が多いし、サッカー以外の全く関係ないようなことも書いている。

同じ村上龍でも1980年代の後半に書かれた、テニスについての『テニスボーイ・アラウンド・ザ・ワールド』と比較するとその差はよくわかる。
雑誌の差か、人生的なものなのかわからないが、読み物としてさっぱり面白くないし、テニスについての情報も頭に入ってこない。専門用語ばかりだ。

私はテニスはやったことがあるのだが(観戦はしない)、その本は面白くなかった。

専門用語がわかったとして楽しいかはわからない、楽しさというより情報を取り込む意味が大きくなるような気がする、それは作家のフィールドではないかもしれない。
どこかの評論家がやればいいことだ。

同じようにスポーツについて書かれていても、ダンゼンこちらのほうが面白いし、サッカーそのものへの興味や、見方・視点について勉強になる。

人が強烈にハマっていることを聞くのは基本的に楽しいものだが、楽しくないときもある。その差を象徴している。

最大に違うのはサッカーから何かを伝える、というスタンスかもしれない。
サッカーを通して見る世界や、日本で、何かを通すと理解しやすいことがある。
サッカーそのものについて書いているわけではないから、テクニカルで専門的なことに書くことに意味がないし、細かな選手を紹介するわけでもない。
中田が多く取り上げられるのは、村上がファンだということもあるが、サッカーから日本と世界の関係を観察することができるから、かもしれない。

何かを伝えるために観戦しているわけではなく、もっと根源的な楽しみで観ていると思うのだが、書くときのスタンスとして何か象徴的なことを伝えることを意識しているように感じる。

後のシリーズも同じスタンスで書かれている。
同じシリーズのエッセイの感想を書く意味がないような気がするので、シリーズの記事ということにしよう。

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