私見

気分が乗らないとき

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ここ2日ほど、何もやる気が起きなかった。
やる気に満ちあふれていた期間が比較的長く、無力感がキツかった。
基本的に無力だが、何かしていると少なくとも前進はしていると思えるし、あまり悪く考えることがない。
何かをしてさえすれば、いいのだ。

最悪の気分

非常に眠りが長く、目や頭が痛かった。
読書をすることもできないし、パソコンの画面は見ているだけで痛いし、音楽も聞きたくない。無駄に音楽をかけるということもすごく嫌で、ゲームをとっかえひっかえしたり、ニコニコ動画でくだらないのを見てだらだらした。
たくさん眠っているから、気分がよくてもおかしくないと思う。

あまりそういう状況になることはないので、対策というのが特にあるわけではない。
ただ時間が早くすぎるのを待つだけだ。
どういう条件で起きるのだろうか?

体調はあまりよくなかった。
頭は痛いし、眠いし、寝すぎたせいかボーッとする。
目は異常にしょぼしょぼして痒くて乾く。
鼻水も出る。風邪だったのかもしれない。

朝は集中できるときが多いが、さっぱり集中できない。
朝いろいろやってしまうと解き放たれた気がして、一日の心的余裕も違うものだが、朝何もやってないと逆に焦りまくる。
憂鬱になってくる。

何をやっても無駄という気もする。
実際その一歩は無駄かもしれないが、長年の積み重ねで意味が出てくるんじゃないかと、普段はそう思って色々やっている。

やっても無駄。やらなきゃわからない。
どちらが冷静、客観的なのだろうか。
後者は建設的ではあるが、客観的とはいえない気がする。

無駄な努力、労力、何のフィードバックにもならない努力も存在する。
それが美しいことだと思い込んでいるときもある。

努力それ自体が目的になってはいけない、常に距離をもって科学的に、時間をかけることに意味がある。
フッと気付いたとき、何でこんなことに熱中してたんだろうと思ったり、一貫性を持って努力できないときは、そういうことを振り返るチャンスなのかもしれない。

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