5/29の日経新聞で、山本貴光が中高生からゲームクリエイターになるには何を勉強したらいいかとよく聞かれることを踏まえて、自らの方法を語っていました。
記事の大まかな内容。姿勢の違いと教養
勉強したというよりは作るためにいろいろ試行錯誤し、その過程で足りない知識や技術に気づいた、とのこと。コンピュータが飛躍的に発展した時代の違いを考慮しながらも、その姿勢の違いを振り返っていた。
さらに技術的に作るだけでなくその先のおもしろい、人に遊んでもらえるものを作るためには人間を知ることが必要で、そのためのヒントとして芸術、テクノロジー、自然科学、社会現象、政治経済も必要だという。そしてそうした専門家たちとコミュニケーションし複数の意見をまとめるためには読み書き会話の意思疎通の力も必要である、とした。
山本貴光とは?
この記事にすごくなるほど!自分がぼんやり感じてたところをピッタリ言い表してる!ってなったんですけど、ところで山本貴光ってどんな人?ということで調べてみました。
『信長の野望』等で有名なゲーム会社、コーエーテクモでゲーム制作に従事したのち、フリーランスで作家や講師業をしている人みたいですね。プログラミングの本を出してるくらいなので、技術力かなりあっての文筆業・・・、まさに言ってることと合致してます。
学びの姿勢
ということで、素性はわかった(失礼)ので次へ。この記事でビビッときたのは2つです。学びの姿勢と別分野の教養、です。
学びの姿勢については、パソコンでプログラミングをしたりテキストエディタの使い方を学んだり、ブラインドタッチや親指シフトの練習をしたり、プログラマーのエッセイで読んで実感していました。
また、いざパソコンで何かしたい!と思うと勉強しよう!ってなるのも経験上よくわかるんですよね。分厚い入門書、覚えること多!ってなるんですけど、実は覚えるとこはあんまなくて、よく使うことは体が自動的に覚えていく類のものです。理論がわからなければ代入するなり途中の値を表示させるなりしてテンプレをいろいろいじくって結果を理解すればいいのです。
小さな子どもはいろいろ試行錯誤を繰り返して世の中の様々なことを急速に吸収していきますよね。パソコンは失敗が即時にわかりフィードバックが帰ってくるのでそうしたほうが早く吸収できます。
記事中で指摘しているようにパソコン・ITを身につけるためには大学入試などとは違うアプローチが必要と思います。
このエッセイでも、IT関連の学習方法に遊びを取り入れることが不可欠だ、としていました。人生マニュアルと銘打っているだとあって仕事から投資、恋愛まで幅広く取り扱っていてとても参考になりますよ。
別分野の教養
ビビッときたこと2つ目は別分野の教養、です。ゲームにおいては作品を作ることが目的ではなく、おもしろく、売れるものを作ることですね。しかし素人は往々にして制作することが目的になってしまう!これ経験的にすごくわかるんです。作ること、作れることが目的になって、いざやってみると全然おもしろく、人に勧められるようなものではないのが完成した・・・。でもどうしたらおもしろくなるのかサッパリわからない。
文章を書こうとするのでも同じで、表現力も重要ですがそれ以上に何を伝えるかが重要ですよね。新聞や雑誌でコラムを書いている多くは作家ではなく、別に専門があります。
多様化で溝は深まる。魅力を自分の言葉で説明する必要性
ところで最近、人と話すときに実況者の~が好き!おすすめ!という話を聞くことが多いです。ただ百花繚乱のYoutuber。たいていわからない。そこでその動画を見せてきたりする人がいます。たいていその数分じゃ面白さは伝わらないのですごく微妙な気分になります。なぜ話す相手が目の前にいるのにおもしろ動画を見なければ行けないのか?大人のコミュニケーションか?なめてんのかと。
動画を見せるというのは説明の放棄で、相手への冒涜ですよ。おもしろさ、概要を自分の言葉で説明できないといけない。説明するにはほかのコンテンツを見て強みを見つけるとか、もうちょっとメジャーなものにしておくとか多分ある。
動画見せのイライラの原因は、相手を知るために聞いたのにコンテンツの紹介をされることでしょうか。コンテンツより、それについて何を感じるのか、が聞きたい。
インターネットで多様化がさらに進むと、全く知識がないことを想定して説明できるようにしておくのが新マナーになるかもしれません。
ここで話を戻すと、楽しさを想像するために培った引き出し、教養の深さは普通の話をする上でも役立つ・・・ということですよ。説明するための基盤がこれまで以上に必要になる・・・記事を読んでそんなことも妄想しました。