村上龍 読書

真に迫る危機感、そして見出す希望―『55歳からのハローライフ』

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あらすじ

経済的格差、不安定な雇用、…社会のルールはこれまでにないスピードで変化している。
そのなかで若者はいかに生き抜いていくかということが問題になることは多いが、定年を間近にした人間が話題になることは少ない。
一般的に逃げ切れると考えられているからだ。

しかし当然のことながら定年後も人生は続く。
基本的に職と所属集団を失い、それに依存していた人間はプライドを失うことに苦しむものであるが、さらに経済的困窮、夫婦の関係変化、体の不調、と懸念は次々と出る。

当然問題は三者三様で、噴出する問題のバリエーションはほかの年齢層より多いかもしれないし、残された時間が少ない分切実だ。

そんな定年後の5人の、中篇小説。

真に迫る危機感、そして見出す希望

5人はそれぞれ、早期退職やリストラで、55歳?

・熟年離婚し結婚相談所に通う女(困窮層)
・リストラされ再就職先を探す男(困窮層)
・キャンピングカーを買おうとする男(裕福層)
・犬を溺愛する女(中間層)
・リストラされたトラックドライバー(困窮層)

となっている。
経済状態も家族についてもバラバラの5人だが、それぞれ程度は異なるが切実な問題を抱えている。
バラバラな人たちだが基本的に問題は共通しているように思う、人間関係だ。
金がなかったり、困窮していることは直接的問題ではなく、金がないと信頼のある人間関係が構築できないというのが本質的に共通したところで、まだ定年後のことなど考えたこともないが、十分理解できる。

シチュエーションも人物も非常に具体的で、近所や親戚にいても全く不思議ではない、普通の人たちでありリアリティに満ちている。
不思議なことに「新潟にいる娘」とか、「地元の中小企業で機械設計をやっている亭主」とか直接的に物語とは関係性がない情報が具体的なのに、普遍性を感じたまま、違和感なく没入できる。
膨大な情報から取捨選択した、過不足ない絶妙な情報伝達なんだろうな、普通20代が定年後の暮らしの物語に没入し、想像力を働かせることはないだろう。

何と言ったらいいかわからないが具体性のある普遍性…が危機感、切実さを強く伝えている。
NHKの貧困特集では完全他人事モードで何も伝わってこないのとは次元が全く違う。

また物語のラストでは思わぬ形で、彼らなりの結論を考え見つけ、明るさと感動、喜び、希望を見出す。

彼らが直面する一般性のある問題に比べて、彼ら自身が見出した結論や解決策には普遍性はない。
今までの人生経験に基づいたもので見出しているからだ。

最終的結論は各個人が考え抜いて見出していくものだという示唆に富んでいて、自分で考える力をくれる、凄まじい小説だ。

ハロー「ライフ」

巻末の解説で全く同じように思ったことを言っていたので笑ったのだが、この本のタイトルは『ハロー「ライフ」』である。
『13歳のハローワーク』が有名なので、それに引っ張られてしまっていたわけだ。
「13歳」の「55歳」版で、同じような内容の焼き直し?と勘違いしていた。

草むしりとか地元の少年スポーツとかの地域貢献も入れた職業紹介する…となんだかありそうな感じがしないでもない。
全く希望がなく面白くなさそうだが、読み間違いのリスクは大きい。

構成の仕事での大敵はカタカナの単語だという。
大手新聞でも大見出しにカタカナの間違いが掲載されることがあるらしい。

タイトルで読み間違いするにはすごく勿体ない名作だ。
定年間近の人はもちろん、20代だって読める。

最終的に自分は何が欲しいのか、イメージし考え抜いておくことは、どの年齢においても必要だ。

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